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紀行

 投稿者:まも  投稿日:2020年10月23日(金)12時40分25秒
返信・引用
  先日のオンライン29会で、僕の紀行をここに投稿して欲しい旨、ご要望を頂きましたので、一番最近行ってきた一人旅を拙筆ながら掲載します。
1 行 先
  北海道(主に道央)
2 動 機
  (1) 北海道の景色を見たい
  (2) 中等部訓練中の夏季有志クラス旅行の懐古
3 期 間
  令和2年10月3日から13日まで10泊11日
4 交通手段
  名古屋-苫小牧 往復太平洋フェリー  現地での移動 レンタカー(ソリオ)
5 日 程
  10/3日 名古屋港19:00発 船中泊
    4日 終日船中
    5日 苫小牧港着11:00-JR苫小牧駅前(レンタカー確保)-旭川(連泊)
    6日 旭川-美瑛-旭川
    7日 旭川-網走
    8日 網走-摩周湖-釧路湿原-釧路
    9日 釧路-帯広(連泊)
   10日 帯広-タイナイ公営高原牧場-帯広
   11日 帯広-苫小牧港19:00発
   12日 終日船中
   13日 名古屋港10:40着
6 走行距離
  1089㎞(道内)
雑記
 この旅は、機会があれば行きたいと自分で思う中で、かなり高い基準のものでした。幸いにして、行くことができました。北海道の景色を満喫するため、美瑛、摩周湖、釧路湿原、タイナイ公営高原牧場を選びました。摩周湖は、33年前の夏、中等部訓練中の有志クラス旅行で訪れた時、濃霧で湖面が全く見えなく、この世の心残りの一つを解消したいと思い、今回の重要な観光地にしました。観光予定日に見られなかったら、その後の予定を変更してでも後日行けるように、中間日に設定しました。コロナの外出自粛期間中に綿密に立てた計画でしたので、スムーズに旅をすることができました。野性味を味わおうと、車中泊を混ぜようかと思いましたが、ヒグマに襲撃されるといけないので、やめました。
宿は、全て東横インです。
 長い船旅は、初めだ。大型船だが、多少の揺れは絶えずあり、軽い船酔いが下船まで続いた。食事は、GOTOの割引対象にするため、すべて予約した。無理して食べた時もあったが、無駄にはしなかった。速度20ノット(時速約37キロ)で37時間、苫小牧港に下船したとき、北海道までの距離を実感した。風は、少し涼しかった。
5日(晴)は、旭川への移動だけで終わり、6日(晴)は、美瑛へ行った。JR美瑛駅の隣の道の駅に、9時に到着した。旅行案内所で地図をもらい、職員に見どころを地図に書き込んでもらった。一周10キロ程のコースだったので、道の駅に車を置き、歩くことにした。欲張れば、富良野にも行けるが、両方ともただ通っただけの観光になるので、美瑛だけで一日過ごすことにした。僕の旅は、時間に余裕を持たせる、いつもこんな感じだ。夏ならば、畑がパッチワーク模様の景色になるのだが、今は麦の芽が出たばかりで、土色に薄い緑が広がっている。歩くスピードは、景色を見るのに一番いい。北海道の開拓が本格的に始まったのが、明治時代。厳しい自然環境の中、粗末な道具で原生林を開墾して畑を作る。広大な耕作地を見ると、生きようとする人の力強さを感じる。
旭川に16時頃戻った。この日は連泊なので、余裕がある。JR旭川駅のコンコースに、ストリートピアノが置いてあったので、少し触った。17時になると、暗くなる。旭川は、東経142度、明石から東に7度もずれている。標準時から28分進むのでこんなものかと思う。明日の移動距離は長いので、早めに休む。今まで260キロ運転した。北海道の道は、直線で交通量も信号も少なく、走り易い。日本一の国道直線最長区間29キロは、昨日通った12号線にある。33年前、バスガイドさんが説明していたのを覚えている。道路わきに「ここから」と、大きな表示もあった。スピード違反を取られないように後続車に道を譲るなどして、先頭を走るのを避けている。
7日(晴)は、網走までの移動日にした。8時に宿を出て、国道39号線で網走を目指した。33年前は、千歳空港からバスで旭川を経て、層雲峡温泉で宿泊して翌日、網走に向かった。今回、美瑛への寄り道はあったが、当時とほぼ同じルートだ。山間部に入ると、ナビが39号線を外れて、自動車専用道路に入るように示した。無視して、このまま39号線で行くか選択を迷ったので、車を止めて地図を見た。39号線は、大雪山系をかすめて、峠もあり険しい。専用道は、平坦で走り易く、しかも無料である。時間的にも早く着けると思う。安全策を取って専用道を選んだ。
予定より早く網走に着いたので、網走刑務所を観光した。ここまで通ってきた、国道12号線、39号線は、囚人道路。明治時代、囚人の労働により建設された道で、北海道の至る所にある。逃亡防止のため、二人一組で足を鎖でつないた。過酷な労働で、大勢の犠牲者が出た。宿に荷物を置いて、街を少し歩いた。JR網走駅に行ってみた。旭川からの列車の到着が、鹿との接触事故で遅れるとの放送が入った。北海道らしい理由だ。
 8日(曇)は、摩周湖へ行く日だ。天候が、少し心配だ。8時に宿を出た。10時に摩周湖第三展望台の駐車場に車を止めた。道路を渡り、5m程階段を上ると、尾根の道100mくらい先に展望台が見える。展望台の手前で、湖面が見えた。心の中で「やった。」と思った。展望台に着いた。摩周湖の全体をはっきり見ることができた。島も見える。最大水深211m、透明度20m。湖面は、青い。時折、風で所々にさざ波が立つ。音は、周りの少ない観光客の声がする。匂いは、10キロほど離れている、硫黄山の煙が来るので、薄い硫黄の臭いがする。前方遠景は、知床半島を挟んで、オホーツク海と、太平洋が山の間から少し見える。知床半島は、正面の近い山に視界が遮られ、存在は見えない。後方の景色は、硫黄山、その麓の温泉街と、屈斜路湖が見える。33年前は、網走から屈斜路湖、硫黄山を経て、ここに来た。阿寒湖温泉に宿泊したので、ここに到着した時間は記憶にないが、行程からして午後だと思う。一時間以上、展望台から摩周湖を見ていた。他の観光客が3回くらい入れ替わったと思う。人は絶えず来るが、20人を超えるほどのことは無い。予定通りに事が済んで、一安心だ。心のつかえが、一つはずれた。
釧路湿原に向かった。ここからは、33年前のコースから離れる。ちなみに33年前は、阿寒湖から登別に入りここで宿泊、長万部を経て函館に入り、そこで宿泊。翌日、函館空港から名古屋へ帰った。阿寒から登別まで400キロある。当時、北海道に高速道路は、無かった。北海道の道路状況から、一般道で平均速度50キロで走行することは可能だが、一日の移動で、夕刻までにこの距離を走るのは、僕には自信がない。流石、プロドライバーだと、今は思う。愛知県の道路の感覚で走行計画を立てたので、どこもかなり早い時間で到着する。この計画で、運転に余裕が出来、車窓からの景色も楽しめたので、これで正解とする。
湿原に到着した。細岡展望台から湿原を見下ろした。植物は枯れて、広大な茶色の原っぱが広がっていた。全体は、視野に入りきらない。摩周湖と同じく、人の手が全く入っていない美しい景色は、人が美を追求して作った京都の寺院の庭とは、対称的な美だと感じた。
 9日(晴)は、帯広までの移動日とした。帯広は、連泊なので無理をせずに明日ゆっくりと十勝の風景を楽しむ予定だ。しかし、移動が順調過ぎて、このままでは午前中に帯広に到着してしまう。今日の観光予定は考えていない。帯広の40キロ程手前の道の駅に入った。まだ10時だ。近くに何かないか探そうと、周辺地図をそこで手に入れた。道の駅から数百メーターのところに浦幌町立図書館と併設して、資料館があった。そこへ行くことにした。僕は、ほかの旅でも公立の資料館は、よく利用する。その地域のことを、その地域の人が考えて展示している資料館は、地産地消の料理が美味しいのと同様に、展示内容はどこも充実している。かなり時間をかけて展示の説明などもしっかり読んでいる。その後、その地域を観光すると、少し深く見える。今回も、浦幌の町を、少し歩いてみた。明治36年に開業したJR根室本線の浦幌駅にも行った。鉄道の開通で、当時の住民が歓喜する様子が、資料館にあった。
帯広の宿に15時に到着した。JR帯広駅へ行き、観光案内所で、明日行く予定のタイナイ公営高原牧場の資料をもらい、様子を聞いた。
 10日(曇)8時に宿を出た、連泊なので荷物を置いていけるので楽だ。牧場まで50キロほどの距離だ。9時50分に着いた。車を降りると寒い。かなり坂を上った。牛は時期が終わって厩舎に帰ったのか、全くいない。広大な草原だ。十勝平野全体が見渡せる。草原との境がわからない。篠ノ井線JR姨捨駅から見る長野県善光寺平の2倍以上の広さだ。北海道らしい。今日は、ここからの景色だけを見て過ごすことにした。昨年竣工した新しい展望飲食施設は、営業している。昼食の心配もない。僕は、旅行先に文庫本を持っていく。景色の良いところで読書をするのは、ぜいたくな時間に感じる。本から目を外し、景色を見てまた本に目を戻す。季節の良いときは、あずまやで読書するのは最高だ。今回、横溝正史先生の「悪魔の手毬唄」を持って来た。映画等で、筋は分かっているが、先生自身も「よく書けた。」と言っている自他ともに認める傑作だ。いつか原作を読んでみたいと思い、今回持参した。展望飲食店の外のテラスで読んでいたが、寒さに耐えきれず。車の中で読むことにした。
昼になると、駐車場も混んできた。今日は、土曜日だ。車のナンバーを見て、地元の人も多い。車を降りて、昼食を食べに行った。建物の中に結構大勢いた。景色が見える窓側の席は一杯だった。一人で席を占領するのはいけないので、食べ終えたらすぐに車に戻った。午後二時から家でも聞いている福山雅治さんのFMラジオを聞いて、15時に引き上げた。
 11日(晴)苫小牧までの移動日。帯広から200キロ。朝8時に出発した。ナビの到着予定時刻は、一般道を利用して14時。高速道路を使う方法もあるが、北海道ではメリットは少ないと思い、一般道で行くことにした。国道247号線、日勝峠にさしかかった。ほとんど前が見ない濃霧だ。フロントガラスがくもる。レンタカーなので、空調の位置がわからない。霧中の曲がりくねった道を運転しながら、どうにかスイッチを入れた。焦った。基本的なものの位置は、事前に確認しておくべきと反省した。昼の12時半に車を返した。年齢的なものかトイレが近くなったので、長距離運転では、よく休憩する。それでも、ナビの予定時刻の一時間半も前に到着した。
フェリーふ頭行きのバスは、JR苫小牧駅を16時20分発。駅の建物の隣に、市民のための図書スペースがあったので、そこで持参の本を読んでいたら、すぐに4時間過ぎてしまった。路線バスに乗り込んだ。旅は、終わった。
 
 

四国巡礼

 投稿者:まも  投稿日:2020年 4月 4日(土)11時03分46秒
返信・引用
   念願の四国八十八箇所を歩いて巡礼してきましたので、報告します。
  行  程    約1,200キロ(比較 東京-久留米間鉄道距離1,210.6キロ)
    発願(ほつがん) 令和2年2月4日
  結願(けちがん) 令和2年3月30日
  経過日数    56日(平均45日)
    内訳 歩行日数 47日
       休息日数  9日
  状  況    2回の区切り打ち
          左足負傷のため、51番石手寺(愛媛県松山市道後)で区切り、治療のため一旦帰宅。


 長い時間一人で歩いて、いろいろなことを考えました。ここでは、一つだけ紹介します。
 四国を遍路の姿で歩いていると、すごく居心地がよく、癒されます。これは今、自分は生きながらにして極楽の縁に居るのではないかと、思いました。
 菅笠に書かれている「迷故三界城 悟故十方空 …」の文字は、棺の蓋に書かれる言葉。着ている白衣は、死に装束。よって、遍路は、生きていますが仏。一般に人は、仏を大切にしてくれます。四国の人々は、遍路を自然に受け入れてくれます。歩いていると、突然家の中から出て来たり、走行している車を止めて呼び止められて、接待と称し、物をくれます。現金をくれる人もいます。僕も実際に飴やミカン、お菓子等多数、現金は合計5,810円もらいました。子供たちも挨拶してくれます。住民が、日常生活をしている中を歩いているのですが、自分自身は、非日常の中にいて、周りと結界が敷かれている様な感じです。
 遍路道は、古来、多くの遍路が、行倒れた屍の道。大師様に、生きながらにして極楽のほんの端を体験させて頂いていると、自分の結論としました。
 他の歩き遍路の人に「何回目ですか。」と尋ねると、初回と答える人は、ほとんどいません。複数回、巡る人が多いのも納得します。地元では、四国病にかかった人と、言っています。
 一番嬉しいものは、人情。一番悲しい景色は、廃校の校舎。
 

中村局長にお会いしてきました

 投稿者:亀山 智康  投稿日:2020年 2月 4日(火)01時34分15秒
返信・引用
  2月3日節分の日、宿直明けで朝9時過ぎに事務所を出て、JR草津線貴生川駅10時20分発の草津行に乗車、草津駅で新快速姫路行に乗り換え、途中新大阪駅で買い物して、再び新快速に乗車し午後1時過ぎに明石駅下車。5分程歩いて明石郵便局に到着。窓口で中村局長に面会を申し出たところ、総務部の方が局長室まで案内してくださる。途中、中等部同期と自己紹介したら、中村局長は元気に頑張ってくださってますとお話があり感心しました。アポなしにも関わらず、しかも社員との対話で大変お忙しい中、約1時間ほど中村局長と面会させていただきました。中村さんにお会いするのは10数年ぶりでした。中村さん、大変お忙しい中、突然の訪問にも関わらずお相手していただきありがとうございました。お互い病気が今以上に悪くならないよう気をつけて頑張りましょう。中村局長がお元気で活躍されているお姿を拝見して、私も少し刺激を受けて家路につきました。  

首里城

 投稿者:なるせ  投稿日:2019年11月 9日(土)19時21分32秒
返信・引用
   首里城の火災は驚くとともにショッキングでした。
 再建費用はクラウドファンディングでも目標1億は2日で達成、現在440%!
 費用があれば再建できるものではありませんが、何とか復旧してほしいですね。
 沖縄の方にとっては心の中でシンボル的なものだと思うし・・・。
 いずれ、世界遺産巡りで沖縄も・・・と思っていましたが、29会メンバーが元気なうちに再建されることを願っています。
 

http://home1.catvmics.ne.jp/~naruse99/u/

 

19:号台風で被災された皆様 お見舞い申し上げます

 投稿者:亀山 智康  投稿日:2019年10月14日(月)23時58分7秒
返信・引用
    今回の19号台風は東日本を中心に広い範囲で甚大な被害をもたらしました。皆さんの地域は大丈夫でしたでしょうか?幸い私の住む地域は無事でした。
  さてご案内のとおり、今週末「第32回29会in富士山」を開催します。今回は総勢14名の予定です。久しぶりの再会が楽しみです。天気予報では土曜日が雨模様のようですが、何とかお天気が回復してほしいものです。自家用車、高速バス、電車とそれぞれでの参集ですが、お気をつけてお集まりください。
  29会といえば、6年前に宿泊した名鉄犬山ホテルが今年8月末で営業を終了したそうです。ホテルの前から鵜飼舟に乗船したのが懐かしく思い出されます。毎年様々な思い出を積み重ねる29会、今年も新たな思い出が綴られることでしょう
 

週末いよいよです

 投稿者:亀山智康  投稿日:2018年10月 9日(火)12時27分35秒
返信・引用
   昨夜のニュースで名古屋ボストン美術館の閉館が伝えられていました。美術館には全くと言っていい程興味のない私ですが、成瀬さんの投稿があって、ああその日が来たんだなと思いました。
 さて今週末、第31回29会が京都で開催されます。参加を申し込んで頂いた方、京都駅烏丸口(京都中央郵便局前)の観光バス乗り場に10時集合です。他の観光客とともに10時30分発の観光バスに乗車しますので、くれぐれも遅刻しないようお願いします。幸い今のところ天候もまずまずのようですので、秋の京都観光を楽しみましょう。ちなみに今回の参加者は15名の予定です。
 残念ながら今回参加できない方も、来年は是非ご参加ください。
 

ボストン美術館

 投稿者:なるせ  投稿日:2018年 8月17日(金)20時13分46秒
返信・引用 編集済
  先日、左目がまったく見えなくなり、網膜静脈閉鎖症と診断されました。眼底でかなり出血したようですが、今は徐々に良くなっています。

さて20年間、何度も心の洗濯をさせてもらった、名古屋ボストン美術館が閉館することになり、最終展「ハピネス~明日の幸せを求めて」を鑑賞してきました。
美術の求める愛…の意味を堪能させていただきました。

このビルのグランコートは、何度も利用させてもらっていますが、ボストン美術館の閉館は少し寂しい気がします。
 

第31回29会のご案内

 投稿者:亀山智康  投稿日:2018年 8月 4日(土)08時41分30秒
返信・引用
   暑中お見舞い申し上げます。岐阜のみならず名古屋でもとうとう40度を記録しちゃいました。外には出たくないというのが正直なところです。
 さて、先日の29会情報でもお知らせして頂きましたが、今年の29会開催のご案内を本日会員の皆様あてに発送いたします。月曜日にはお手元に届くと思いますので、万障お繰り合わせの上ご参加頂きますようお願いいたします。返信はがきの投函期限を9月14日とさせて頂きましたので、早めのご返信をお願いします。多数のご参加をお待ちしています。
 

歩いています(アップしていませんが)

 投稿者:水ぼん  投稿日:2018年 2月18日(日)18時37分54秒
返信・引用
   先週、文化的な1日を過ごした吉田夫妻、亀ちゃん、浦さんとともに久しぶりの一(?)献。思えば昨年は「いいこと」はあまりなく、過ごしてきた人生で最悪といっていい年でした。
 歩いていることは、29会掲示板に1年半アップしていなかったんですね。飲み会で、亀ちゃんから「まだ磐田辺りを歩いているの?」のような質問があったので、直近の状況など少しだけ。
 距離が遠くなるにつれ、行程を計画するのに、自分の仕事との兼ね合いで行ける回数が減ってきました。時期的には1月~9月の間で、天候次第。今年も1月に泊まりで行きました。現在は駿府を越えて「興津(清水区)」までたどり着きました。いよいよ、あの富士山が素晴らしくきれいに拝める「薩捶峠」も近づいてきました。いつ歩けるか予定は立てていませんが、気候のよい時期がいいですね。
 

成瀬さん ありがとうございます

 投稿者:亀山智康  投稿日:2018年 1月 8日(月)12時16分25秒
返信・引用
   昨年10月の29会ではすこぶるお元気そうで、片道2時間半の通勤も全く苦にならず職場へ行くのが楽しくて仕方ないと言われていた成瀬さん。僕のあつかましいお願いにも快諾いただいていたのに、その後ぴたっと情報が途絶えて心配していました。が、年末ご尊父様ご逝去に伴う欠礼の葉書が届き、ある意味納得してはいました、今朝からの復活宣言に安心しました。
 IT関連は何でもかんでも成瀬さんに丸投げしてばかりで申し訳ないと思いつつ、成瀬さんならきっといいものに仕上てくれると思い、つい甘えてしまっています。そんなわけでビデオが届くのも楽しみにしています。
 ところで、今年も昨年同様石川さんあてに年賀状を送りましたが、還付されてきました。どなたか新しい住所をご存じないでしょうか。林くんも記念の湯飲みを送れずに困っていることと思います。
 

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