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[2] ユニテリアンについて

投稿者: 管理人 投稿日:2016年 1月 3日(日)22時47分7秒 cts061209222159.cts-net.ne.jp  通報   返信・引用

管理人のエムトです。参考までに、ユニテリアンに関する記事を引用します。

<一八世紀半ばより啓蒙思潮が東部に拡がり、大覚醒運動に反対する人たちがあらわれた。彼らは一九世紀始めよりハーヴァード大学を拠点とし、ニュー・イングランド神学の人たちと論争し、一八二五年には正統派の人たちと別れて、アメリカ・ユニテリアン協会を設立した。この派の人たちは、単純な合理主義者ではない。R・エマーソン(RaIpf  W.Emerson, 1803ー1882)のような人は神の超越的啓示が各人間に内在するといい、神認識は理性よりも直観によるべきことを唱えた。彼らは人間主義者であり、人間の宗教的価値を強調し、神の支配、人間の全き堕落、救いの予定を主張する正統的カルヴィニズムと対立した。キリストの救いについても、刑罰代償説ではなく、人間は自己の自由意志と道徳的能力ゆえに神の感化をうけ、自己の神性を進化発展させるという見解を唱えた。そうなると、伝統的な三位一体論、キリスト論は成立せず、唯一の神の道徳的人格性、神に遣わされたキリストの人間としての神性が高調されることになった。これがユニテリアンといわれたゆえんである。彼らは、その人間主義のゆえに、人類同胞主義や人類愛を唱え、都市改良、監獄改良事業、奴隷制反対運動にとりくんでいった。来日したユニテリアン宣教師も前述のキリスト教理解を持った。彼らは日本人と協力して月刊誌『ゆにてりあん』(一八九〇・三創刊)を刊行した。その中に次のような事が述べられている。「ユニテリアン教の考うる所を以てすれば、宗教の価値ある所以のものは、唯吾人々類の霊魂をして、惟一の上帝あることを観念せしめ、心意、感情、思想等を上帝に通ぜしめ、而して上帝に対する関係、人類に対する関係等をして、一層高尚ならしめんとするにあるなり」(クレー・マックコーレー「ゆにてりあん教は一の道徳力なり」、『ゆにてりあん』一八九〇・三)。「ユニテリアン協会は、当時の宗教上、道徳上、智力上、及社会上の問題に対しては、自由なる討議を許し、而してその討議の結果を以て、之を実際に行い、以て社会の進歩改良を為すべき良法を与えんと欲す、故にユニテリアン協会は、社会を高尚にし、また之れが改良に向て、勉めて補助と計画とを為さんと欲するなり」(アーサー・メイ・ナップ「ゆにてりあん教の体制」同上誌、一八九〇・四)。彼らの人間主義的主張を鮮明にあらわした文章といえるだろう。>(土肥昭夫著『日本プロテスタントキリスト教史』22~23頁)

日本に入ったユニテリアンに関しては、無教会の創始者である内村鑑三が、ユニテリアン教徒のカーリン夫人の世話になったこともあってか、ユニテリアンは教理上から出たものではなく道徳的観念から出たものだといった趣旨のことを述べています。これは一面的と言えるかも知れませんが、上記の引用に「人間主義」とあるとおり、ユニテリアンの特徴はヒューマニズムとか道徳的行為の実践性が挙げられます。しかしそれだけではやはり宗教としてはどうかなと思うのです。ヒューマニティーは必要ですが、それが神信仰を人間中心的なかたちにしたのでは本末転倒です。旧来型の道徳教的ユニテリアンは、霊魂救済という宗教的本義にもとづき修正する必要があるようです。


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